新しいディスタンスの時代にむけて
2017年のスパイラル展に引き続き、2020年にはロス、サンパウロ、ロンドンを巡回することになりました。展示什器は、もともと施工時間の短さへの対応から組み立て式にしてありましたが、海外巡回であることやコンテンツが入れ替わったり変更したりしていることから、デザインは踏襲しつつ輸送と耐久性について設計を練り直したものを再制作しています。展示什器の構成は、資料や作品の形態に合わせて覗きケースにしたりモニターを埋め込んだりしながらサイズを各プロジェクトに従って適宜変形させたテーブルに、窓枠をイメージした解説のフレームを載せ、それらを細いスチールの脚で支える、というシンプルなものです。45度カットをディテールのモチーフにしたスプルス製のテーブルには、やわらかな印象を持たせています。
問題は、この後のインストールです。什器は各会場で変更がないので、それぞれの会場に合わせた配置計画が個別に必要になります。というより実際の設計は、各展示室での配置計画を試しながら、什器のサイズやデザインを練り直して、また配置計画がうまくいくかの確認をする、ということを繰り返すことになります。ですから、会場デザインは日本から持っていく作品、什器、キャプション類のレイアウトだけで空間を成立させる必要があるということが、一番むずかしいことでした。各会場の図面や写真から読み取れる仕上げやディテールも、ほんの少し、日本でのそれとニュアンスが違います。周辺環境やアプローチの全体を示すものはやはり画像だけになるので、空間のシークエンスを体感するには想像力が必要です。まだ訪れたことのない海外の展示室における展示とは、何を想像しなければならないのか。リモートで現地とのやり取りをする中で、「空間がメディウム」となるような展示が可能なのか、手探りの状態が続きました。また、作業と並行して始まったパンデミックに際して、世界との大きな隔たりと、奇妙な近接感も同時に感じることになりました。covid-19の各国の影響度合いの違いにはいまだ距離的・文化的遠さがある一方、通信の障壁はほとんどありませんでした。最初のロス展は2020年、このような状況下で設営はオンライン上の指示で行い、その後無観客で開催されてそのまま会期を終えました。懸念していた設営は、現地スタッフのみなさんの素晴らしい働きもあって案外スムースに済んでしまいました。そして展覧会の記録はデジタル・アーカイブのみになっています。展覧会という身体と感性にまつわる空間の制作と経験が、誰にも触れることがないとは、いったいどのような事態なのか。今回の状況だけに起きた現象とみなせるのか、それとも今後平常に戻ったとしても少なからず展覧会はアーカイブとして経験されるものになっていくのか。モニターのなかで完璧な美しさを永遠に留める会場風景の奇妙な近さとあっけなさは、効率性や経済性に理由を取り替えながら、とても現代的な問題を、今後創造の場に突きつけ続けていくかも知れません。世界中で起きた同じような現象を通して見るとき、展覧会が文化や社会への「窓」としてどのような受容のされ方をされるべきなのか、ぼくたちが世界に向けてどんな新しい空間を確保していかなければならないのか、新しいディスタンスの時代における諸活動について考える大きな岐路に立たされていると思います。
会場デザイン 西澤徹夫