窓と梯子 ー歴史への傾倒
「過ぎ去ったと思う場所に過去はない」
キャサリン・アン・ポーター
梯子はシンプルだが力強い人類の発明を代表するものである。ささやかなエレガンスをもって梯子を登ることで、私たちは新しいものを築き、予期することが可能となってきたのだ。窓もまた観察の重要なメタファーである。窓は、私たちの視覚を形づくり、世界の「枠組み」をつくりだす。「歴史への傾倒」は、こうした基本的な要素を取り入れながら、過去に向かって登っていくための不可能だが魅力的な誘いとなっているのだ。
「スパイラル」は、東京のモダンな洗練の美を体現している。多彩なテクスチュアと奥行きのあるファサードは、多種多様な窓を一体化し、知覚を変化させる。「歴史への傾倒」は、そこにまったく異なる視点をもちこみ、都市の伝統的な建築とそれが経てきた深い変化を思い起こさせるのだ。私たちが暮らす構造物は、常に改変を繰り返しているが、決して真新しいということはない。これらの簡素な木枠を現代の都市景観の中で光輝く鉄とガラスの壮大なタワーに接合することは困難だが、私たちの想像力、私たちの共通の歴史はそれらを結びつけることができる。この展示は、忘却するよりも記憶することの方がより興味深いことを理解させてくれるのだ。エルリッヒの作品にしばしば見られるように、「歴史への傾倒」は、何もない空間にある窓に向かって謎めいた梯子が立てかけられているという、不可能な状況をつくりだしている。だが同時にこの作品は、見る者に、私たちの世界を再構築し、より深いテクスチュアを受けとめる機会を与え、現実の可能性を切り開いてくれるのだ。展示空間の優雅なスパイラル(螺旋)状のスロープから作品を仰ぎ見、歴史へと身を傾けることで、私たちはそこが決して戻ることのできない場所であることに気づくのだ。
2017年6月 ジュリア・ネイピア